「お盆」とか「ヘギ」という名前を聞くと、とたんに伝統工芸の感じがしてくるのが不思議です。和ダンスの部位の呼称ですが、子供の頃に時々母親が和服を着る姿を見てきたせいか、この呼び名の背後に当時の生活が感じられられ、何だかありがたい感じがします。「なんとか直してほしい」と話されるご依頼者様の和ダンスへの思い入れを、ほんの少しですが私も共有できるのです。

和ダンスの各部の名称 出典「ADEAC(アイデック)」

ひどく白アリにやられた「お盆」と破損した「扉」を修理しました。オリジナルと同じ「桐材」と、木目の通ったよく乾燥した木材を用意して作業開始です。

修理したのはウワダイの「扉」と、内部の「お盆」です
白アリの被害にあった個所です。薬品でシロアリを駆除し、
ガムテープで補修して使われていたそうです。
この部材は交換するしかなさそうです
ガムテープを剥がしました。この部材を新たに作り交換します。
分解した「お盆」の様子、他の部材は無事でした。
外した部材の寸法や形状を新たな桐材にうつしとります。
オリジナルに倣い「留め接合」するため、サンデイングディスクで正確に45°に整形します。
形を写し取った様子です
分解した「お盆」に仮組して細部を整えます。
接着です。テープ状の特殊なクランプで締め上げて、完全に乾かします。
接合部の形を整え、砥の粉を刷り込んで色合わせします。
「お盆」の補修完了です。

扉の修理です。強い力がかかって右の扉の角が割れ、欠損しています。

なくなってしまった部材は、周囲のデザインからたぶんこんな形だったんじゃないかなと想像して作ります。こうした思いをめぐらす自由があるところが、修理作業が楽しい理由の一つです。
扉を外して、プラスチック製の代用パーツを剥がしとり、残滓をクリーニングします。
一部欠損しています。まずここに堅木を埋めて補修します。
欠損した部材を取り付ける前に、周囲をテープで養生しておきます
ハンドル付近のアップです。
不定形に欠損した形に合わせて、接合する部材を堅木から削り出します。
接着し、完全に乾くまでしっかりテーピングしておきます。
次いで、右の扉についていたはずの、なくなってしまった部材(カブセ)を作ります。
取り付ける前に色合わせしました。
続いて「三角ゴンベ」を交換します。「三角ゴンベ」は仕込んだバネで力で、扉が閉じるときに凹み、扉が閉じきるとでっぱってその状態を保持する、実に巧妙な仕掛けです。そのいわくありげな名前からも、永く「和ダンス」で使われ続けてきたことがわかります。
取り付けた「三角ゴンベ」
横に倒して作業をしているのでわかりづらい写真です。扉を取り付けて開閉の調整をしています。
戸当たりも新規に作り直しました。
余分なところにつかないよう養生シートで覆い、小口だけ出してスプレーして色調整しています。乾燥したらこの扉を本体に取り付けて修理作業終了です。

この後、扉を本体に組み付けて修理作業は終了しました。

実は「お盆」と「扉」以外にも本体の細かな修理をしているのですが、過去にご紹介した事例と同じ作業なので割愛します。

文字で書いて伝えるために、各部の名前を調べました。「かつて職人の世界は分業制だったので、呼称の統一は仕事をバトンタッチしていくうえで大切な事だったのだ」とその過程で改めて気づきました。これらの趣のある名前には文化を育んできた職人の気概が込められていると感じます。かつて先輩職人から見習い小僧さんへと受け継がれてきた由緒ある呼称です。思いがけない所で文化の香りに触れました。