背もたれとひじ掛けが曲線でひとつながりのユニークな椅子

ひじ掛けと背もたれがひとつながりになった椅子を修理しました。優雅な曲線を描くひじ掛けと背もたれを支える支柱が3箇所とも外れかけています。この支柱は、上と外側に向かって斜めになっているだけに、その付け根にはかなりの応力がかかります。ここをしっかり固定しなおすことが最大の課題です。

まず不具合の状態を詳しく観察します。外れかけている原因がわかれば、正しい対処ができるはずです。これは問題の個所です、ひじ掛けの支柱が、
左右両方とも、隙間からホゾの形が見えるほど
抜けかかっています。

ひじ掛けや、背もたれに体を預けることでここにはかなりの力がかかるようです。支柱というより平板に近い形にすることでこの力を受け止めるデザインですが、断面が大きな分、乾燥によるホゾの痩せが大きく、接合部の緩み具合が著しいことが、この不具合の真因だと見て取りました。

脚の付け根が座面に突出しています。これも脚の乾燥による痩せが原因です。座面が滑らかな面になっていないと座り心地にかなり悪影響が出てしまいます。
また、背もたれの支柱に不完全な修理がされています。このデザイン形状だと座面にお尻を収めるとき、この接合部に引きはがす力がかかります。まず最初にここが外れ、わずかに動くようになったことで、左右の支柱の付け根に前後に抉る力がかかり、ゆるみが拡大していったものと推測できます。
具体的な修理作業に入ります。まず不完全な補修に使われている釘を抜き取ります。この部分の接合をしっかりすることが同じ不具合を再発させない要です。
抜き取った釘、長さもまちまち。これではここにかかる力を支えることはできません。力のかかる方向も考え合わせると、釘では直ぐに緩んでしまったはずです。
背もたれと支柱の接合部分
ここには隠し釘が仕込まれています。これは大きな力はホゾで受け止め、単に抜けを防ぐために打たれた釘なので理にかなっています。たぶん最初に作られた時からのオリジナルの処置だと思われます。
ひとまず背もたれとひじ掛けを取り外し
周囲をテープで養生して古い接着剤を取り除き、
支柱側も古い接着剤を削り落とし、新しい接着がしっかりできるように下処理しておきます。
下処理終了。
次に背もたれの支柱の釘穴をパテで補修
使ったのはエポキシパテ、中央の白い部分は硬化剤。エポキシパテには接着の効果もあるので、処理後も部材の割れを起こしづらくなります。
エポキシパテを、釘でできた凹みや割れに押し込むように埋めました。
この部材の固定されていた座面側。力のかかる方向を考慮に入れた背もたれの付け根の形状、座った人の重さが上からかかると、組み合う力が増す形状になっています。ですがこれに、お尻を滑らすように収めた際に発生する斜めの力が加わると、この「ひっかかり」が外れてしまうことは予測されていなかったようです。
座面を貫通して突出している脚の先、その中央には楔の頭がやはり飛び出ている
背もたれの支柱を削って面を出し
色あせたひじ掛け、背もたれを補色
座面の前縁の塗装のいたみを補色して修復。
背もたれの支柱に着色し、
各所に接着剤を入れて部材を組み立ててプレスし養生しておきます。
別角度からの写真。接着して養生中数日このまま完全接着するのを待ちます。
ホゾのゆるみの発端となった、背もたれの支柱を木ネジで強固に固定。ビスの頭を木栓で埋め込み余分をカット
隠し釘のあったところにはビスで再固定。ここまでの作業で背もたれと手すりの再固定は完了です。後は見た目の復旧と、脚と座面の接合部分のゆるみに対処します。
手すりの支柱の接合部に色挿し、
脚と座面の接合部分をオリジナルの深さで再固定しました。
座面の側面から長い下穴を空けて、ホゾ接合している場所を横に貫通させ、75mmの釘を打ち込み頭をカット、釘締めで打ち込んで隠し釘にして仕上げます。機械の組み立て際によく使われる「挿しピン」と同じ構造で、脚を4本とも本来の位置で強固に固定しました。

以上でこの椅子の修理は完了です。完成写真を撮り忘れましたが、事例83の椅子の修理写真に、この椅子の完成した様子が写り込んでいます。特に最後の脚のホゾの固定方法は、無垢の堅木でつくられているから可能になった方法です。完成時には打ち込まれたピンの先端も補色して仕上げたので、よく見ないとわかりません。見えないところに多くの手を加え、この椅子は再び快適に使えるようになりました。

【2022年7月追記】

この事例紹介をして、1カ月後にネット上でたまたまこの椅子の画像に出会いました。この椅子は吉田璋也が1950年代にデザインし、辰巳木工が制作した「座彫曲木肘掛椅子」というのが正式な名前のようです。

吉田璋也について調べてみると、自ら医師として鳥取の地で開業医を営む傍ら、柳宗悦の「民芸運動」に参加し、工芸品や家具のデザインも手掛け、販路すら開く、「民藝のプロデューサー」を自認する多才な人物だったようです。吉田璋也が生涯をかけて推し進めた「新作民藝運動」は、新たな生活文化を提案し普及するという幅広い意味でのデザイン運動でもあったとのことです。

残念ながら辰巳木工は既に廃業していて、今ではこの椅子は入手する事はできません。そのような貴重な椅子を修理する機会に恵まれたことに感謝しています。