張替えの終わったシラカワ家具のロートレックです。20年前以上に入手されたそうで、同時に手掛けたひじ掛け付きの方は、現行品とはひじ掛けのフレームの形が変更されているようです。

シラカワ家具のロートレックの椅子張り生地の張り替えを依頼されました。ともて巧妙な作りで、最初に下見させていただいた時には、背もたれの生地はどのように張られているのかわかりませんでした。

作業所に持ち帰り、問題の背もたれの生地張り部分を子細に確認します。
下見した薄暗い所では、見つけられなかったのですが、
ありました。パイピングのエンドの突合せです。
溝にパイピングが押し込まれ、接着されていました。
溝の底にはびっしりとステープルが並んでいます。
カーブの部分もびっしり
ステープルは並んでいました。
溝の底に打ち込まれたステープルの取り外しは根気のいる仕事です。ひたすら抜き続けました。
この厄介な仕事のために今回使った工具類です。
まず溝の角をテープで養生します。
ステープルの中央をこの小さなノミで寸断します。
次いで、この刃先でステーブルの両端を起こし、
特殊な加工をしたワイヤーカッターで挟んで引き抜きます。

今回使った道具は、特殊鋼の刃先が付いた幅2mmのプラモデル用のノミであり、木工旋盤用の刃であり、ワイヤーカッターです。ワイヤーカッターは刃を削り落として平らにして、その強力な挟み込む力でつまみ上げて引き抜くので、もう元のワイヤーカッターとしての機能は失われています。ですがこのような工夫がなければに、溝の底に打ち込まれたステープルを抜くことが出来ません。ただしその数は尋常ではないのですが。

背もたれの張り替えのために作った治具です。
このように椅子を置くとフレームのカーブにぴったりと合うように作ってあります。
この治具がないと背もたれの張り替えはできません。まずこのようにして裏側の生地を張ります。
というのは、この背もたれ、太鼓のような作りになっていて、裏面と表面の間に挟んだスポンジの反発力で形が維持される仕組みなのです。
さらに、溝の底にステープルを打つ必要があります。
特にカーブしている溝の底に打つためには、先端を極限まで削り込んだ形状にしなければなりません。
裏側もこんな感じです、先端をやすりで削って角のない、シャープな形にしてあります。
治具を使った背もたれの張り替えです。表側を貼る前に、まず裏側の生地を張り、スポンジを挟んで表の生地を張っています。
表から治具を押し込んで、スポンジを圧縮した状態で生地を張ります。
外周を隙間なくステープラーで留め、
一周させてこの治具を外せば、
スポンジが裏表に膨らんでこの背もたれの形状ができます。
溝に入れて加工跡を隠すパイピングを用意します。
溝に接着しつつ押し込めば完成です。

座面の方は、ごく普通の張り替えで済みました。ですがこの背もたれの張り替えの難易度は相当高く、現行品でも、この太鼓張りのような方式をとっているのか疑問です。というのはステープルを打てる範囲がほぼ5mmほどしかなく、結果一直線に並べて打つしかないのです。流石にこれでは何回も張り替えることはできません。木部が穴だらけになりステープルを保持できなくなるからです。

このような作りなので背もたれは当然、裏側にも膨らみます。この適度なクッションが素晴らしい座り心地を生んでいるのです。
その細部です。この椅子の最大の特徴である包み込まれるような座り心地は、この特殊な背もたれの張り方に依っているのです。
後から見るとこんな感じです、背もたれの生地がどこで留められているのか、わかりません。とても巧妙な作りです。

最初にこの椅子を見た時には、ごく普通の四角っぽい椅子だと勘違いしていたのですが、実際に張り替えてみると、とても手の込んだ造りになっていました。背もたれの生地はスポンジも合わせると四重になっていて、しかも固定したところは表面からは見えない作りなのです。

専用の工具を工夫したり、治具をつくったりして張り替えることはできましたが、これら全ての事が座り心地の良さを追求した結果であることに共感を覚えました。

見た目の派手さはないのですが、座ってみると他の椅子では味わえない包み込まれ感があります。フレームも実際に手掛けてみると、微妙に湾曲したり、ねじった形状になっていて、座り心地のために惜しみなく技術が注ぎ込まれていることがわかります。

世界で名高い椅子はいろいろありますが、日本の椅子にもこんないいものがあるのだと誇りに思える椅子でした。