ひじ掛けと背もたれがひとつながりになった椅子を修理しました。優雅な曲線を描くひじ掛けと背もたれを支える支柱が3箇所とも外れかけています。この支柱は、上と外側に向かって斜めになっているだけに、その付け根にはかなりの応力がかかります。ここをしっかり固定しなおすことが最大の課題です。
ひじ掛けや、背もたれに体を預けることでここにはかなりの力がかかるようです。支柱というより平板に近い形にすることでこの力を受け止めるデザインですが、断面が大きな分、乾燥によるホゾの痩せが大きく、接合部の緩み具合が著しいことが、この不具合の真因だと見て取りました。
以上でこの椅子の修理は完了です。完成写真を撮り忘れましたが、事例83の椅子の修理写真に、この椅子の完成した様子が写り込んでいます。特に最後の脚のホゾの固定方法は、無垢の堅木でつくられているから可能になった方法です。完成時には打ち込まれたピンの先端も補色して仕上げたので、よく見ないとわかりません。見えないところに多くの手を加え、この椅子は再び快適に使えるようになりました。
【2022年7月追記】
この事例紹介をして、1カ月後にネット上でたまたまこの椅子の画像に出会いました。この椅子は吉田璋也が1950年代にデザインし、辰巳木工が制作した「座彫曲木肘掛椅子」というのが正式な名前のようです。
吉田璋也について調べてみると、自ら医師として鳥取の地で開業医を営む傍ら、柳宗悦の「民芸運動」に参加し、工芸品や家具のデザインも手掛け、販路すら開く、「民藝のプロデューサー」を自認する多才な人物だったようです。吉田璋也が生涯をかけて推し進めた「新作民藝運動」は、新たな生活文化を提案し普及するという幅広い意味でのデザイン運動でもあったとのことです。
残念ながら辰巳木工は既に廃業していて、今ではこの椅子は入手する事はできません。そのような貴重な椅子を修理する機会に恵まれたことに感謝しています。