ロココ調というのでしょうか、座面に一切板を使っていない伝統的な作りの椅子を修理しました。こうした構造だと修理の手間は数倍かかるのですが、座り心地がとても良い椅子に仕上がります。座った時に座面に突き当り感が全くないのです。

この修理は、座面の生地を貼り換えてほしいとのご依頼から始りました。
作業所に持ち帰り、子細に観察すると、座面が左右非対称形になって歪んでいます。
背もたれも裏表同じ生地で張られ、二枚の生地の間にクッション材が挟まれているようです。
座面の生地を切り裂いて内部を確認すると、
クッションのスポンジが劣化し割れて、完全に分離してしまい、奥のスプリングが見えています。
スプリングを留めているベルトも千切れ、外形が保てない状態になっていました。

ベルト、クッション、表張り生地、ほぼ全てを交換して修理しなくてはならない旨、ご依頼者に了承いただき、スプリングを含めて木枠以外のものを全て一旦取り外して、組み立て直すという修理の方針が確定しました。

まず手始めに、飾り鋲を取り外しにかかります。
一見太鼓鋲を隙間なく連続して打ち付けてあるように見えて、実は連続した飾りになっていて、一定の間隔で幅の狭いステープルで留まっています。生地そのものは10mm幅のステープルで張られて後、ステープルを隠すための飾りとして止められていることがわかります。
この飾り鋲を取り外し、
張地を剥がしていきます。間には予想通りクッション材としてスポンジが入れてあります。
座面の裏には、不織布が張られています。内部の同じところスプリングが長年擦り続けた結果、不織布が破けてしまっています。
背もたれの生地張りの裏側の最後の1枚をを外します。生地は裏表に張られています。
背もたれが木製フレームのみになりました。
次いで、座面のほうにかかります。
まず、裏返して裏張りの不織布を取り外します。
グレーの不織布はステープルで止められていました。
不織布を外すと、内部にベルトとスプリングが組付けられています。
ベルトは互い違いに交差してスプリングを定位置に保つとともに、
座面の形を整えていたのですが、テープが切れてスプリングがあらぬ方向にずれてしまっていました。
テープを外すとスプリングは下に伸びました。つまりこのスプリングは上下から挟み込まれていて、人が座ると一定の反発をしながら沈み込むのです。テープの張力とスプリング、さらにはスポンジクッション、これらの収縮が包み込みような座り心地を生み出しているのです。
次に表側の臓物を取り外します。
表側のベルトやスプリングの配置を記録しておくための写真です。
座面を取り外す前に、サンプルで取り寄せた新しい生地の最終候補を置いてみて、採用する生地を決め、発注します。
全ての中身を取り外したフレーム、とてもしっかりしています。フレームのみになったこの段階でフレームの細かな傷を補修し全塗装して仕上げてあります。
フレームには装飾彫りが施されているのですが、その配置や断面形状が、椅子にかかる様々な力に対して対抗できるよう巧妙にデザインされています。応力のかかる方向には厚く、不要なところはあっさりとした形に削り込まれ、実に合理的な作りです。
取り外したスプリングの錆を落とし、スプレーして再利用します。
座面の四隅の外からは見えない場所に補強材が入っています。これも構造的に実に合理的です。結果、数10年使用された後でも、接合部に全く緩みがありません。
今回交換するために手配したテープです。選定に迷った末、テープ自体に伸縮性のあるモノを選びました。これはお使いになる方が女性であることを考慮しての事です。伸縮性がないテープを選定すると椅子の反発力が大きくなりすぎ、沈み込んで受け止められる心地よさがスポイルすると考えたからです。
座面の裏側からテープを貼り始めます。
次いで表側のテープを張る時にスプリングを仕込みます。撮影しておいた画像を頼りにオリジナルと全く同じ張り方をしています。
次に座面の型紙をつくり、硬度の高いスポンジに外形を描きうつし、
切り出します。前の脚の上部は多少上に突出しているので、
その分を切り落とし、
外周を軽く接着して所定の位置にテープで仮止めしています。
同じことを柔らかいスポンジで繰り返し、固さの違うスポンジの二層構造にしました。オリジナルは40mm厚のスポンジ1枚が使われていましたが、固さの違う20mm厚のスポンジを二層重ねにし、座り心地のさらなる改良を目指しました。次いで外周の角を大きめに面取りし、次工程、生地の下張りに入ります。
椅子の裏側に張る生地と同じグレーの不織布を、バイアス使いにして下張りにしました。
バイアスにすれば座面の曲面や、角の形とのなじみが良い上、仕上げ生地との収まりも美しく仕上げることが出来ます。
次に不織布で裏張りをしました。不織布はマスクに使うくらい通気性が良いので、座った時に椅子内部の空気がおのずと排気され、内部の湿気も排出して快適な状態を維持します。
この段階で、一旦木部の色を調整しています。フレームの中央には青いテープで目印が付けてあります。
今回張る生地はストライプ模様なので、中心線がずれるととても目立ってしまいます。生地の裁断の時もそうですが、この青いテープは張る時の目印として欠かせないのです。
今回連続鋲の縁飾りは手に入れることが出来なかったので、代わりにエッジテープを使います。3つの候補を入手し、どれを選ぶが最終選考しています。
座面の表張りが終わりました。近くで見ると鮮やかな緑とオレンジを感じるのですが、遠目には落ち着いた印象のこの不思議な色合いの生地の選定は正解でした。この椅子によく似あっています。
次に背もたれの生地を張ります。まず裏側の生地を表裏に張り、
角を面取りしたクッション材を挟み込んで表側を張ります。
全ての生地が張り終わりました。縞模様がよれることもなく左右対称に張れました。
今回選定した生地は、擦れに強く、汚れが付きづらい椅子の座面張り専用の素材にストライプの模様が施されたものです。
最後の工程に入ります。ブレードでステープルを隠しながら、太鼓鋲を一本一本打ち付けていきます。
鋲の間隔が一定になるよう治具を作り、根気よく打ち付けていきます。
完成です。
完成写真です。
完成写真2枚目
その細部。
背もたれ
前の脚の付け根付近
背もたれ正面

修理を手がけてみて、長い歴史に育まれた欧州の椅子の魅力を実感できました。使用する素材は現代のものに置き換えるしかないのですが、その構造から生み出される座り心地は想像以上のものです。モダンな審美眼とは相いれないビジュアルかもしれませんが、こと体感でるき要素では、時間の淘汰こそ、佳いモノしか生き残れない最高のフルイなのだと思います。

まだまだ学ぶべきことは沢山ある。この椅子の修理を手がけさせていただいて、そんな幸せな気持ちになりました。