オリジナルのネオ専用バック。ブルックスのサドルに合わせた色と質感で良い雰囲気です。

身の回りの財布や小銭入れなどちょっとしたものの持ち運びに便利なバックが欲しくて、ネット検索しましたが思うようなものがなく、自作することにしました。どうせつくるなら他で真似できないようなオリジナリティー溢れるものにしようと、長らく休止していたレザークラフトの技術を思う存分発揮できるようなデザインを目指し、まずはスケッチの作成から始めました。

最初の頃のデザインは、自転車好きの方なら、「ああこのデザインはあのメーカーのアレをヒントにしているな」とお分かりになると思います。そして徐々に、「こんなの見たことない」になっていきます。そのあたり、どんな風に思いを巡らせたのか、詳しくご紹介していきます。

01トップチューブにぶら下がるタイプのバックアイディア

革製のショルダーバックにアルミのフレームを組み込むアイディアを以前から温めていました。01のスケッチの右上に描いているのは、このフレームの上端をトップチューブの下に突き当てて留めるデザインです。ネットで見つけた端部にゴムボールのついたゴム紐を使って、バックをトップチューブに引き留めます。アルミのフレームが直接トップチューブに当たり、傷をつける恐れがあるので、何か緩衝材を挟む必要がありますが、まあひとまずこんなデザインもありかなと、最初の一歩です。

01左側のスケッチはオイルで防水処理されたキャンバス生地でトートバックを作り、その手提げ部分をトップチューブに巻き付けて留めるデザインです。

02スケッチ

02右下のスケッチは最初のスケッチでデザインした案の融合案です。当時は曖昧ながら、自転車への固定は極力簡単に、できれば一動作でできるのがいいと思っていたので、巻き付けるデザインはあまりよくないように感じていました。

03自転車から取り外してバックにした時のベルトや蓋でトップチューブに留めるアイディア

次に描いたのは、クラッチバック様のモノとかぶせ蓋式のバック、それとショルダーバックの改良版です。これなら巻き付けるより少しはましです。ですが、ここで意識し始めたのが、日頃から使っているA5サイズの手帳とノートを収めたいという願望です。そのため寸法入りで描いてみたのが03左上のスケッチです

04鞄のかぶせ蓋でトップチューブにぶら下げるアイディア

レザークラフトの留め具に「ギボシ」というものがあります。先端にボールが付いた金属の突起を、ベルトや蓋に付けた鍵穴状の穴に通して引っかけるもので、モノの重さが引っ掛かりを強固にする方向で働くのでフェールセイフな方法です。多層ポケットもレザークラフトらしい良い味がでるデザインです。この組み合わせを04の上の方にスケッチしました。

クラッチバックとして使う時のハンドルを通した手が、そのまま閂の役割をするデザインもどこかで見たことがあり、それをこのデザインに採用したらどうなるか、04左側に描いてみました。

また金属を一切使わない方法として、よく紙製の書類袋の蓋止めに使う紐とボタンの組み合わせも候補に思いつき、04右側にスケッチしました。この方法の良い所はバックへの収納物が多くても少なくてもその変化に幅広く対応できることです。

これらのスケッチの中には、後で復活して部分的に採用するアイディアも出ているのですが、正直この時点で行き詰ってしまいました。

05行き詰って描いたシンプルな袋状のバック、やはりトップチューブから吊るすデザイン。

そこで、曖昧だったデザインの条件を、改めて書き出してみました

1)自転車のフレームを傷つけない

2)一動作で脱着できる

3)自転車にしっかり留まる

4)A5のノートが収納できる

どうもアイディアは出尽くした感があるので一旦スケッチから離れ、まだ諸条件はクリヤしてないですが、ひとまず最後に描いた05のシンプルな紙袋案を作り、実際に自転車のフレームに留めてみることにしました。紙細工ならあまり労力はかかりませんし、いずれ原寸の型紙づくりは必須なのでその予行演習にもなります。

たまたま手元にあった紙袋を改造して、原寸の「バックもどき」を作ります
A5サイズのノートと日頃から持ち歩きたいモノの容量を満たすよう「バックもどき」のかたちをアレンジしました。
完成した「バックもどき」をネオに仮止めし、実際に走ってみます。

やはり、この段階で原寸の実証をしてみて良かったです。

まず実際に走ってみてわかったのは、トップチューブに留めるだけだと走行中バックがぶらぶらして脚に当たるということです。また同じ理由で横幅はダウンチューブの横幅以上になってはダメです。

このタイプのトップチューブから吊るすバックを、走行中ぶらぶらさせないためにはシートチューブにも固定する必要があります。実際にそうしたデザインのバックの写真をネットでも見かけましたし、なるほどそういうことか。と納得もしたのですが、それでは「2)一動作で脱着できる」という条件を満たせません。ですが、この条件と矛盾する「3)自転車にしっかり留まる」という条件は極めて大切だと実感できました。走行の安全にもかかわることなのですから、最優先条件に格上げです。

この気づきがあって、ずっと最初から気になっていたことが意識に上ってきました。「なぜ自転車のフレームは三角形の集合体なのだろう」という素朴な疑問です。「バックをつくるうえでは四角の方が好都合なのに」という思いと表裏一体の疑問だったのですが、「三角形は、力学的に安定している形だからなのだ」と思い到り、三角形とうまくやらないかぎり、このデザインのゴールにはたどり着けないと直感しました。

三角形と言えば日頃からお世話になっている形です。木の端材で沢山作り常備している楔は、作業中の家具を安定させるために、いつも脚の下差し込んでいます。塗装時の水平維持も楔のおかげですし、接着された部材を剥がすときには隙間に叩き込んだ楔が接着面をこじ開けてくれます。ネジですらそのネジに切られた螺旋の展開図は三角形なのです。楔は隙間に嵌って動かず、隙間を任意の寸法に押し広げ、差し込む力の方向を変え、かつ拡大してくれます。

と考えた時、閃きました。「トップチューブとダウンチューブの間の三角形の空間に楔を入れ、ヘッドチューブの側に押し込めばがっちり固定されて動かず、外すときはシートチューブの側に戻せば簡単に外せる」という事を。

それで描いたのがこのスケッチです。

06トップチューブとダウンチューブの間に挟まる楔型バックのアイディア

このような閃きがあった時は、スケッチを描きながら一気に詳細が見えてきます。これはいけそうという思いが展開図まで一気に鉛筆を走らせてしまいます。

06のデザインなら「1)自転車のフレームを傷つけない」「2)一動作で脱着できる」「3)自転車にしっかり留まる」の3つの条件を全てクリアできます。唯一残るのは「4)A5のノートが収納できる」という条件だけです。この条件ひとつだけなら、生来の楽観主義から「後で何とかなりそう」という予感があり、このデザインで行くことにしました。

実際に紙袋を作ってみて窮地を突破したことに味を占め、すぐさま06のスケッチの原寸型紙づくりに入ります。

たぶん周りからは「最近、新しい自転車に紙くずを貼り付けた変な奴がこの辺を走りまわっている、何だあれは」と見えたことでしょう。立体物の収納は原寸の立体物で確かめた方が近道だと経験的に知っているそいつは、実験の手ごたえに、妙にニタニタしていたはずです。どう見てもそいつは、変な輩です。

次稿につづく。