大正時代から昭和初期に作られた、木製の店舗什器の修理のご依頼がありました。内部にガラスの三段棚のある、ガラスケースと、天板が開閉式のガラス扉になっている背の低いガラスケースの補修です。

全てのガラスには木製の枠が付き、無垢の木材から丹念に削り出された部材で組み立てられた、味わいのある古風な什器です。京都方面のたばこやさんで使われていたものだと伺いましたが、当時の家具職人の持てる技量がふんだんに注がれたものだと一目でわかります。

なかなかお目にかかることのない貴重な家具です。どのような作りになっているのか興味津々でお引き受けしました。

車での移動の際、棚が振動で干渉しないように木製クランプで要所要所を固定して、工房に運び込みました。

まずはガラスケースの方から、不具合個所の細かなチェックです。
中央の仕切り枠がほぼ抜けきっています。
ガラスの収まりも外周が隙間だらけで、これではいつガラスが抜け落ちてもおかしくない状態です。
角のホゾも緩んでいます。部材が経年で乾燥し、肉痩せしたためです。
ホゾの組み方は巧妙で、こうような加工技術があるから木製でもこんな手の込んだガラスケースをつくることが出来たのだと感心しました。
角のアップです。やはり、丁寧に作られています。ここに釘の頭を発見これは・・
商品が見やすいようにガラスの天板には傾斜が付けられています。
後年の補修跡でしょうか釘が使われています。この釘をうまく抜くことが出来ればきれいに分解できそうです。
抜くべき釘は4か所にありました。どれを抜けば思ったような分解ができるか、その判断の良し悪しは直ぐに明らかになりました。
特殊な工具を使って釘を引き抜きます。
綺麗に抜けました。
木枠ごと天板を外せました。
角の所のホゾの組み方がわかります
側面のガラスを外します。
溝にガラスの破片が挟まっていました。これではガラスが本来の位置に収まりません。
側面の左上部の角です。平行四辺形に切り出されたガラスがはめ込まれています。
このガラスはダイヤモンドカッターのカット線から余分にはみ出ている箇所がありました。
これもガラスが本来の位置に収まることを阻害しています。
余分な出っ張りを割り落としました。ガラスにしてみると100年使く経って、やっと本来のあるべき形になれたわけです。
天板の内側です。この木枠が向こう側に開閉する仕組みになっています。
ガラスの内側をクリーニングします。
木枠の角です。なかなか巧妙な作りです。
接着剤を入れて隙間を引き締めました。
このが木製扉が開いた際にかかる力が、ホゾを引き抜く方向に働くことで、木枠各所に散見された、接合部の隙間を広げてしまったようです。
全てのガラスを一旦外してクリーニングし、接合部に接着剤を入れて再組立てし、クランプで締め上げ一晩養生しておきます。
明日の朝には全ての隙間はなくなり、ガラスが動くことも無くなります。
次に三段棚の什器の補修に入ります。
三段棚も巧妙な作りで、什器の天井から全ての棚を貫通した長ボルトがあり、これが全荷重を受ける完全な吊り構造になっていました。一旦この棚を外して什器本体の補修に入ります。
いよいよ今回の補修の最大の目的、この什器の4本の柱のグラツキを止める作業に入ります。まず天井の装飾部材の分解にかかります。

そもそも今回の補修のご依頼は、このガラス什器のグラツキをなくしてほしいというご相談から始まりました。四方がガラスで、その内部にもガラスの棚があります。そんなガラスがふんだんに使われた什器がグラグラするようでは、とても間仕切りとして使うことはできません。ご依頼を受け最初に拝見した時からこのグラツキをなくすにはどうしたらよいか考え続けてきました。極力外から見えない場所で補強するにはどうしたらよいか・・・。目の付け所はこの4本の柱の上下、計8か所の接合部を何らかの方法でしっかり引き締めることでした。

四隅の飾りギボシをきれいに外すことが出来ました。ここも修理の手の痕跡がありました。補修後の接合の方法も甘かったので好都合でした、きれいに外すことが出来ました。
このギボシの真下にくだんの柱が位置しています。ここから天上の部材を貫通させて柱まで一気に引き締めることがでれば目的が達成されるはずです。
柱が天井に接するこの4か所が固まれば、すくなくともグラツキは半減します。
具体的な方法としては長さ90mmの木ネジを、4mmの下穴を空けて柱まで貫通させ、しっかり締め上げました。これはグラツキの抑制に予想通りの効果がありました。
次いで、柱の下の接合部分の引き締めに入ります。
まず、脚の分解です。この十字に切られた脚の付け根が柱の基底になっています。
ここも下側から柱まで長ネジを貫通させて締め上げます。
柱の根元にはこんなに大きな隙間がありますが、ここに接着剤をいれ、長ネジで締め上げればこの隙間がなくなり、グラツキは、ほぼなくなるはずです。
この場所も全部で4か所長ネジで締め上げました。その効果は予想以上で、これもオリジナルのホゾ加工が完璧になされていた賜物です。そのホゾの位置に長ネジをいれることができ、ホゾの接合力をアップする方向で締め上げることが出来たので、その結果製造直後にホゾが達成していた完成度の高い構造が再び蘇ったのです。
8か所を締め上げたことで、ほとんどぐらつくことがなくなりました。
各装飾部材を再固定し、三段の吊り棚を組み立てて完成しました。

今回の補修では、オリジナルの造りがどのようになっているかしっかり理解した上で修理することがいかに大切か、再認識しました。見た目にはほとんど手を加えていないように見えて、見えないところで要所はしっかり押さえてある。理想的な修理は、オリジナルへの理解がベースにあってはじめて可能になるのです。