松本民芸家具のタグ

重厚なデスクの修理をしました。その佇まいから松本民芸家具の製品ではないかと思っていたのですが、デスクの裏側に、剥がれかけたタグの断片を見つけた時「やはり」と思いました。松本民芸家具には信州の厳しい風土が育むものなのでしょうか、実直で質実剛健な気品があるので一目でそれとわかります。

両袖と
引き出し付きの天板、特にマウスで頻繁に擦られるエリアの塗装が剥げています。
背板を合わせると計4つのパーツに分かれるデスクです。各所に繰り返される格子状の装飾が、気品ある重厚なデスクです。
まずは、背板のクリーニングから始めます。ブラシと刷毛で埃を払い、
微細な研磨機能のあるスポンジで洗浄します。
元々の塗膜が堅牢なので、クリーニングしただけでもここまで綺麗になります。
次に天板の作業開始です。まずは詳しく細部を確認していきます。
小口の小傷はともかくとして、天板が反って引き出しの箱状の構造体から天板が数ミリ浮いてしまっています。この修復には苦労させられました。
同じく天板の反りが原因の小口のヒビです。
天板の反りで剥がれたパートと元あった場所に留まろうとするパートの間にズレとヒビが生じています。
天板の反りによる2~3mmの浮きは、
四隅すべてに生じています。
隙間に接着剤を押し込み、
しっかりプレスして養生しておきます。これで一件落着と思っていたのですが・・・
次に両袖の補修です。
引き出しを全て外し、滑り出しの具合を調整します。
養生して3日経ったので、クランプを外し、天板の再塗装に入ります。まず古い塗装を研磨して落とします。
両袖は格子状の装飾を補修して
全塗装して仕上げます。
天板は古い塗装を剥離した後下地を整え、染色します。
出隅の角は装飾の交点が見せ場です。隣接する面をしっかり色合わせします。
ここまで中塗り塗装と研ぎ出しを3回行って、天板の平滑性を出し、仕上げに向かいます。
出隅も曲面同士がぴしっと角で出会う形状に整形できて、いい仕上がりになりそうです。
床に接するギボシも塗装し、
材の収縮により生じた、格子状装飾の入隅の色落ちを補修します。
ここで天板の作業に予想外の事が起きました。

接着後プレスして数日養生したにもかかわらず、接着面が再び剥がれだしたのです。30mm無垢の天板の乾燥による反りの力恐るべしです。これは何とかして阻止しないと折角仕上げた小口のヒビも元に戻ってしまいます。いろいろ検討した結果、上からは見えづらい所に接合補強の部材を追加することにしました。この部材で接着面を倍に増やすと同時に木ビスを打って2度と剥がれることのない様にできるはずです。

新規に追加固定する部材を切り出しました。20mm角の棒材とは言え広葉樹の堅木です。
接合する面の塗膜を削り押し落とします。
こうすることで接合面の接着力が増します。
改めて接合します。
接着剤と縦横交互に打った木ビスで天板を再接合し、反りは止まりました。
両袖の補修も終わり、脚部のギボシも艶が復活しました。
天板の仕上塗装です。追加した補強材も、この日常的目線からは天板の端に隠れます。
引き出しの微調整をします。
引き出しの滑りをよくするために使うのは、「イボタ蝋」です。古来からタンスやさんが使ってきたモノで、初めてこの名前に触れた時は「いぼ太郎」と思い込み、思わず笑ってしまったものですが、四方手を尽くして手に入れ、使ってみるとこれほど良い方法は他に見当たりません。摺動部にこの蝋を擦り込むだけで、その効果は抜群です。昔の箪笥屋さんは、嫁いでいく娘さんの末永い幸せを願いつつ、これを婚礼家具の引き出しに刷り込んで、納品したのだそうです。
引き出し前板の補修と塗装も終わり、両袖に差し込みました。
天板も仕上がり、納品時に4つのパーツを組み立てるだけです。

松本民芸家具の修理を手がける機会がこのところ続いているのは、実はみな同じお客様のご依頼です。欧米では良い家具は世代を超えて引き継がれるのが普通だそうですが、日本でも同様によいモノが引き継がれていく時代になりつつあるようです。写真では伝わらないでしょうが、よいモノはやっぱり良いです。艶の具合、色味、形状、どれをとってもそうあってほしいと思う通りなのです。

そう感じて、調べてみるとやはり歴史がありました。民芸運動、吉田璋也・・・。検索で画像が見られる時代に生まれたこと幸せに思います。お客様のお父様は画家、ご自身はミュージシャンです。日本で生まれた文化が世界でも認められる、こんな嬉しいことはありません。