イームズのラウンジチェア。座面のボタンが欠損し、そこに開いてしまった3センチほどの穴を直せないかとの相談を受けました。

イームズのチェアはダイニングセットの長期修理の際に貸し出すため、数点所有していますし、修理したことはあるものの、ラウンジチェアの修理をお声がけいただいたのはを初めての事でした。日頃からレザークラフトも楽しんでいるので、是非やらせていただきたいと申し入れ、オットマンも一緒に工房にお引き取りしてきました。

まずは簡単なクリーニングをしつつ、全体を子細に観察します。20年近く使われてきて、たぶん乾ききってしまったのでしょうか、木部には細かなひび割れがあります。
ですが、これこそ世界に先駆けて開発されたプライウッド、これだけきれいな柾目の出たチーク材は今では入手困難です。厳選された素材が贅沢に使われています。
金具類もしっかりした作りで、5角形の台座に至ってはアルミダイキャスト製です。
固定用のビス類も、特殊な工具がなければ緩めることすらできません。
表皮は黒の本革製、
座面と背もたれ、ヘッドレストが統一されたデザインで連なっています。
以前手に入れ、活躍したことのない工具が、幸運にもこのビスに合うことがわかりました。これは、いたずら防止ビスのために、10年以上前に手に入れたものです。
製造者を示すシールが貼られています。カナダのオンタリオで作られたようです。
台座はアルミのダイキャスト、内側は巧妙に肉抜きされています。
側面は黒の艶消し塗装が施され、形の美しさを強調するとともに黒の革張りに調和しています。
まず手始めにこの台座のクリーニングから開始です。水研ぎサンドペーパーの600番をあてて、表面に着いた汚れと酸化被膜を取り除き、本来の艶を蘇らせます。
綺麗に仕上がりました。
いよいよ木部の補修に入ります。350番のサンデイングブロックで汚れを落とし、
ワトコオイルのクリヤーを擦り込みます。
美しいチークの柾目が蘇ります。
オイルの乾燥とともに、艶が引き、しっとりとした落ち着きをとりもどしました。
次に革のメンテナンスです。クリーニング後、デリケート革用の黒のクリームを擦り込み、ブラッシングして磨き上げます。
しっとりとした本革ならではの深い艶が出てきました。
アームレストの裏面です。ビスに浮き出た錆を取り除き
本体の木部メンテナンスに入ります。
ワトコオイルで本来の美観をとりもどしました。
革のメンテナンスも行います。
汚れを落とし、専用クリームで栄養を与え保湿します。
次に革の破れたところを直します。裂け目から指を入れ、革用接着剤で裏打ちする革を接着しました。後でくるみボタンを取り付けるための紐を出しておきます。
次に本体表側の革をメンテナンスしました。クリームを擦り込みブラッシングして磨き上げます。
皺の部分には亀裂の予兆が散見されましたので特に念入りに保湿柔軟クリームを擦り込み、革の柔軟性をとりもどさせます。
その結果、見違えるような手触りと
深い艶が蘇りました。
完成写真です、屋内で撮影しています。
金属パーツはともかくとして、木部や革への処置が落ち着くまで1週間ほど養生しています。
座面とひじ掛けの仕上がりです。
新調した包みボタンをとりつけ、完成です。破れの補修個所もほとんど見えません、手触りも滑らかそのものです。
ヘッドレストです。
木部にはチークの木目が出ています。
台座の仕上がりです。
完成写真です。

チャールズ・イームズは椅子のデザイナーとして有名ですが、イームズを初めて知ったのは、実は椅子や家具ではなく「パワーズ・オブ・テン」という映像作品でした。博覧会のIBM館のためにイームズがつくったこの映像は、今でも多くのクリエイターに影響を与える名作で、視点を変えることなくズームアウトとズームインをすることで、広大な宇宙の果てと微細な原子の世界までをごく短時間で経験できる画期的なモノでした。始めて目にした時の衝撃は今でも鮮明です。

これは固定するポイントと移動する視野の設定次第で、世界を描ききることができると宣言したも同然で、クリエイティブな視点は何物にも束縛されないという思想を世界に広めたのです。今ではグーグルアースで、居ながらにして世界を旅できる、そんな夢に向かって皆が前進するきっかけを作てくれたのだと思っています。

ラウンジチェアに座ってみると、リクライニングの軸位置と、自らの重心位置に絶妙なずれがあり、ごくシンプルなバネ機構による反発と、身体の沈み込み具合が、他で味わったことのないモノで、座った瞬間、一瞬浮遊しているような不思議な体験ができます。機会があったら是非一度ご体験ください、イームズが開いてくれた領域に足を踏み入れてみてください。