完成写真
イタリアに特注した椅子の張り替えを依頼されました。ペットのワンちゃんが背もたれをほじってしまい、クッション材が抜け落ちてしまっています。
まずひじ掛けの太鼓鋲を抜いて、作業を開始します。
この椅子に使われているような連続した太鼓鋲は、扱うパーツ屋さんが国内にほとんどなく、数か所見つけはしましたが、まとめ買いしなくてはならず高価で手が出せません。丁寧に外して再利用することにしました。
外した生地も、これから型紙を起こすので大切にします。細部の納め方も研究観察しながらの解体なのでとても時間がかかります。
肘掛の生地が外し終わりました。
生地の端部が折り込んで使われています。こうした事から張り方を学び取っていきます。
7か所にくるみボタンを配置したこのような装飾的生地の張り方は「ダイヤモンド・タフティング」と言われる手法で、今回の張り替えのテーマとなる作業です。
くるみボタンを作るためのプレス機と金型、生地カッターは手配できたのですが、この椅子に使われている表裏のくるみボタンを釘で連結させることのできるパーツが、どこを探しても見つかりません。
結局紐付きのくるみボタンと、紐を掛けるために割れ目のあるABS製の樹脂ボタンで代用することにし、必要なパーツを手配しました。
ワンちゃんが爪で引き裂いた生地です。内部のクッション材は経年劣化して粉状になって落ちてきます。
生地からは型紙を起こす必要があるので、とにかく丁寧に外しました。
背もたれの生地、表裏の二枚を外し終わりました。ダイヤモンド・タフティングで皺を寄せる分、表の生地が大きくなっています。
次いで座面の生地も剥がします。ここに使われている化粧の連続鋲も再利用するので、とにかく丁寧に外していきます。
座面の解体が終わりました。内部のウレタンスポンジがまだ原型をとどめていますので、
この形も参考にして型紙を作ります。
一番底にテープが張ってあります。このテンションがクッションの効果を発揮するので、底あたりしない優しい座り心地ができるわけです。 
縦横で違う素材のテープが張られています。
こちらはまだしっかりしているので、そのまま使用することに決めました。
注目すべきは、内側にあるこのコーナー補強の部材です。フレーム枠の内側と接続する面が互いに凹凸で組み込まれるように細工してあります。
この外から見えない細工が木製フレームの強度を格段に向上させるテクニックであることは、これまでの修理の経験で明らかです。
テープだけ残し、木枠だけになったこの状態でクリーニングします。
塗装の食いつきをよくするいわゆる「足つけ」を兼ねて、研磨スポンジで汚れを徹底的に落としてしまいます。メイドインイタリアのプレートが誇らしげです。
フレームの凝った飾り彫りに目が行きがちですが、必要な場所に必要な強度を確保する巧妙な造形に感心させられます。
内部にイタリアの職人が残したメモがありました。たぶん次の工程を受け持つ職人への指示だったりするのでしょうか。
こうした外からは見えない職人の手の痕跡が修理業の一つの楽しみでもあります。
さて、型紙を作りました。多層構造になるので全部で8枚ほどになります。
形の情報を与えてくれた剥がした生地類です。家具の修理が独学できるのは、こうしたモノに作り方や段取り、細部の納め方の情報が残っているからです。
外した連続鋲も、再利用するのできちんと分類して迷うことなく使えるように整理しておきます。
クリーニングが終わって乾燥したら、木フレームの小傷をタッチアップします。
肘掛の角の所や、
座面に接するところなどに、細かな傷があります。
タッチアップで色合わせして、より広い範囲に吹き付け塗装することで傷を消し去り、色を合わせ、艶も合わせていきます。
ここからいよいよ生地の張り替えです。まず座面を貼り換えました。4層のクッション材を重ね、その厚みは70mmになります。
肘掛の生地も張り替え終わり、この場所に関してのみ連続鋲ではなく単独の太鼓鋲を件属させて打ち付け生地固定の補強を兼ねます。
次にくるみボタンを作ります。このハンドプレス機で、
専用の金型を使い、座面と同じ生地のくるみボタンが必要個数そろいました。
いよいよ課題のダイヤモンド・タフティングに入ります。
いろいろ試した結果、内部のクッション材は30mm厚を2総重ね60mm厚にしました。
課題の背もたれの生地が無事貼り終わりましたので、外周の化粧となる連続太鼓鋲を打ち付けていきます。
いろいろ試行錯誤し、4mm幅のステープルを下穴を開けて一つ一つ打ち付けて完成させました。
ダイヤモンド・タフティングでは、クッション材の反発力と生地で包み込む圧が拮抗し合って美しい局面ができます。ボタンの所に集めた生地の余長は、所定の場所に意図的に皺にすることで処理し、それがダイヤモンドのような多面体の形になるのでこの名前で呼ばれることになったようです。
なかなか華麗な仕上がりです。
座面の自然な曲線と、ダイヤモンドタフティングがつくる陰影がゴージャスな印象です。あえて色味を終えさえた生地を選ばれたことで、かえって形の美しさが際立って見えます。
肘掛のアップです。フレームの塗装も理想的な仕上がりになりました。
後ろ側は背もたれのボタンがアクセントになっています。
イタリア製の証、プレートも光り輝き、
肘掛の太鼓鋲も単独鋲の連続打ち付けで立体的な印象です。
座面の角も、優雅な曲面で連続しています。
4脚並べると壮観です。完成しました。